連載② 新聞の偽装部数 「怠け者店主は詐欺すら正義だと刷り込まれ努力を放棄した。」
さて、どの程度の偽装部数(「押し紙」、あるいは「積み紙」)が存在するかを時系列に沿って年代順に紹介する前に、新聞社が主張してきた「押し紙」と「積み紙」の違いを再度確認しておこう。この点を曖昧にしておくと、「押し紙」問題の本質が見えてこないからだ。
(黒薮注意:「押し紙」と「積み紙」に関する内容は、PDF化したので、今後、参照にしてほしい。=「押し紙」とは何か?)
新聞社が「押し紙」は1部も存在しないと主張する場合の「押し紙」とは、彼らが定義している独自の「押し紙」の意味、すなわち「押し売りされた証拠が存在する新聞」を指している。たとえ販売店の店舗で、多量の新聞が配達されることなく余っていても、押し売りの確たる証拠が残っていなければ、「押し紙」ではない。
だから胸を張って、わが社には1部も「押し紙」はありませんと公言しているのだ。
具体的に「押し紙」裁判の場で、自社に「押し紙」は1部も存在しないと証言した例を紹介しよう。繰り返し紹介してきた例だが、新聞社が主張する「押し紙」の定義を明確に示した格好の事例なので、あえてもう一度取り上げたい。 読売が新潮社とわたしに対して5500万円のお金を支払うように求めた名誉毀損裁判の中で、読売の宮本友丘副社長(当時、専務)が喜田村洋一弁護士の質問に答えるかたちで証明した内容である。 赤字の箇所はわたしの解説である。
喜田村洋一弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。
「30パーセントから40パーセント」の「押し紙」とは広義の「押し紙」のことである。しかし、次に示す宮本専務がいう「押し紙」とは新聞社の定義、すなわち押し売りの証拠がある新聞を指している。従って、宮本氏の立場からすれば、確かに「押し紙」は1部も存在しないという論法になる。
宮本専務:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。
喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。
宮本:はい。
喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。
宮本:はい。 (略)
喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。
宮本:今まで1件もございません。
が、ここからが肝心な部分なのだが、新聞社が定義する「押し紙」が存在しないことが、必ずしも広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」が存在しないということではない。事実、実配部数と搬入部数の間に大きな差異がある例が全国各地で報告されている。新聞社の立場からすれば、実配部数と搬入部数の差異は、「積み紙」ということになるようだ。 参考までにYC久留米文化センター前の数値を引用しておこう。
YC久留米分化センタター前[07年11月]
搬入部数 :2010部
「押し紙」、あるいは「積み紙」 : 997部
約50%が、「積み紙」、あるいは「押し紙」である。裁判所は「積み紙」であると判断した。広告主の立場からすれば、偽装部数である。広告主にとって、過剰になった部数が「積み紙」であろうと、「押し紙」であろうと関係ない。いずれにしても被害の温床になっている。
◆新聞社による販売店攻撃
新聞社が販売店を改廃(強制廃業)する場合、その口実として頻繁に持ち出してくるのが、販売店が「積み紙」をしていたという理由である。詭弁(きべん)とも言える。
このような理由に正当性があるか否かは、後日、権限が弱い下請け会社としての販売店という観点から検証する機会があるかも知れないが、ここでは、「積み紙」を理由とした販売店攻撃の生々しい実例を紹介しよう。
幸か不幸か、19日付け「黒書」の記事に対して、早くも販売店による「積み紙」を罵倒するコメントが寄せれた。TWITTERから、「元ASA(朝日新聞販売店)」さんの投稿を紹介しょう。匿名は「元ASA」になっているが、身元を確認したわけではない。内容から新聞社の社員の可能性もある。ただ、TWITTERのアプリが競馬になっており、新聞社とは無縁の可能性もある。
こんな写真には価値がない。正常な販売店でも2%の予備紙はあるし、チラシはさらに何%か余分に運び込まれるのでこういう光景は頻度が違うが存在する。さらに言えば「押し紙」という嘘の流布で怠け者店主は詐欺すら正義だと刷り込まれ努力を放棄した。諸悪の根源はあなたでしょ。
文中、「こんな写真」とは、リンク先のPDFである。「『押し紙』という嘘の流布で怠け者店主は詐欺すら正義だと刷り込まれ努力を放棄した。」とまで断言している。
また別の日は、
自分のサイトの掲示板で岡山の詐欺店主と組んで、ありもしない嘘情報を書き込んで自作自演し繰り返していたペテン師が何言ってるの?嘘情報で店主を釣って荒稼ぎできたかね?まぁジャーナリストを装った詐欺師グループの中核人物も、社会を欺くことができないと賠償命令来るけど。
1964年読売の九州進出から1977年に首位逆転しある程度引き離すまで、全国の販売店の中で一番逆風にさらされていたのは北九州の中心にある朝日新聞販売店だと思うが、我々はそんな卑劣な行為はやってない。
嘘を言ってるのは黒薮氏と、彼と組んでいた販売店主です。ナベツネ時代になって本社が販売店に5割程度余分に押し付けていると主張しているが、それなら発行部数は1500万部でなくてはいけません。詐欺をやっているのは新聞社ではなく販売店主で、裁判では裁かれています
連載① 新聞に対する軽減税率を考える 新聞の偽装部数 「押し紙」とはなにか?
「押し紙」とは何か? 「押し紙」の定義を巡っては、2つの説がある。広義の「押し紙」と、新聞社が採用している「押し紙」の定義である。
まず、広義の「押し紙」から説明しよう。
■広義の「押し紙」
新聞販売店で過剰になっている新聞(ただし若干の予備紙は除く)を指して「押し紙」と呼んでいる。週刊誌やネットの記事で使われている「押し紙」という言葉は、広義の過剰部数を意味している。
たとえば、新聞の搬入部数が3000部で、実際に配達している実配部数が2000部とすれば、差異の1000部が「押し紙」である。
「A販売店の裏庭には『押し紙』が積み上げられている」と言う表現は、「A販売店には過剰な新聞」が放置されているという意味である。
■新聞社の「押し紙」
これに対して新聞社にとって、「押し紙」とは新聞社が販売店に強制的に買い取らせた新聞だけを意味する。従って、強制的に新聞を買い取らせたという証拠がない新聞は、たとえ店舗に余っていても、「押し紙」ではない。
そこで「押し紙」に連座して採用している言葉が、「積み紙」である。
「積み紙」とは、新聞販売店が折込チラシの受注枚数を増やすことを目論んで、自主的に購入した過剰な新聞を意味する。折込チラシの受注枚数は、新聞の搬入部数に準じる原則があるので、「積み紙」が発生する温床があるのだ。
たとえば次のケース
実配部数 2000部
積み紙(あるいは「押し紙」) 1000部
合計 ・・・・・・・・・・・・・3000部
この場合、折込チラシの受注枚数も、原則として3000枚になる。販売店は実配部数2000部の卸代金の他に、自腹を切って1000部の「積み紙」(あるいは「押し紙」)の卸代金も新聞社に支払うが、同時に3000枚の折込チラシ収入を得ることができる。改めて言うまでもなく、このうちの1000枚は、水増しされたものである。
チラシで得る収入が新聞の卸値を上回れば、販売店は損害を受けない。ここに「積み紙」政策が成立する根拠があるのだ。
ちなみに「残紙」とは、「押し紙」と「積み紙」の総称である。
一般の人々は、このような新聞の商取引きのカラクリを知らない。そこで過剰な残紙を指して、広義に「押し紙」と呼んでいるのだ。
◆なぜ、偽装部数という言葉か?
最近、わたしが採用している言葉に偽装部数という新しい言葉がある。偽装部数とは、「残紙」と同様に、「押し紙」と「積み紙」の総称である。あえて「偽装」という言葉を使ったのは、広告主の観点から、その悪質性に鑑みた結果にほかならない。
周知のように広告(折込チラシ、紙面広告)収入は、新聞の公称部数により大きく左右される。それゆえに偽装部数を発生させることが、新聞社のビジネスモデルに組み込まれているのだ。
公称部数が多くなればなるほど、紙面広告の媒体価値が高くなる。その結果、新聞社は紙面広告の収入を増やし、販売店は折込チラシの水増しでより多くの手数料を稼げる。このような事情から、新聞社と販売店の連携による「押し紙」と「積み紙」の戦略が生まれたのである。
「押し紙」を巡る裁判では、偽装部数の中身が、「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争われる。つまり過剰な部数を新聞社が強制しかのか、それとも販売店が、自主的に買い取ったのかが争点になる。
裁判を検証する祭に、注意しなければならないのは、新聞社が「『押し紙』は1部も存在しません」と主張した場合、かならずしもそれが「積み紙」も存在しないことを意味するものではないという点である。
現に新潮(+黒薮)VS読売の裁判では、販売店側から読売に対して、「積み紙」を謝罪する顛末書や始末書が提出されている。読売はこれらの書面を示すことで、自分たちがYCに「押し紙」をしていないことを立証しようとしたのである。つまり新潮社が主張した「押し紙」の中身が、実は「積み紙」であると主張したのである。
そしてそれに成功して勝訴した。以下、YC店主から読売へ送られた顛末書と始末書を紹介しよう。
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※ 私はYC◆◆で架空読者を作り、読売新聞東京本社に虚偽の部数を注文していました。その理由と、発覚の経緯は以下の通りです。
今年2月15日、週刊新潮の記者から、定数と実配数を書いた一覧などを写した写真を示され、「押し紙」ではないかとの質問を受けました。(略)
※ 永年にわたり本社部数報告において、朝刊の部数を虚偽報告していた事に対し、心よりお詫び申し上げます。(略)これからは実配部数増による年間目標達成に全力を傾け努力することをお約束します。 今後の処分については読売新聞東京本社に一任します。誠に申し訳ありませんでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 繰り返しになるが、「押し紙」は1部も存在しないという新聞社の主張は、必ずしも「積み紙」も存在しないということではない。
わたしが今後、本サイトで指摘していくのは、「押し紙」と「積み紙」の両方・・・すなわち偽装部数の問題である。
新聞に折り込まれるチラシが多量に水増しされていることを示す動画を一挙に公開、これでも新聞に軽減税率の適用は必要か?
新聞に折り込まれるチラシが、広告主には秘密裏に水増しされていることを示す動画を一挙に公開します。これはビデオによる内部告発です。
背景に、「押し紙」(新聞の偽装部数)があります。折込チラシの搬入枚数は、新聞の実配部数ではなくて、搬入部数に対応するので、このような水増しが発生するのです。
これでも新聞に対する軽減税率の適用が必要なのか、再考する必要があります。新聞社が「押し紙」をやめるだけで、新聞販売店の経営は改善します。
山陽新聞の偽装部数 ホームセンターカインズの折込チラシ大量廃棄
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